新世界より(貴志祐介)感想

新世界より(貴志祐介)感想

技術書に限らず本を読む、他人が蓄え整理した知識を得ることは非常に重要です。フィクション小説だとしてもそこから現実に役立つ知識を得られる事も多々有ります。

貴志祐介はサイエンスベースの小説が多く、空想とリアルが入り混じったような世界観が特徴です。長編小説である「新世界より」の内容を少しご紹介します。

新世界より(上)Amazon

現代より1000年後、文化も人間の能力すら今とは全く違った世界の話で、主人公が全てを体験した後に書き記した文章として語られます。その為時系列が飛び飛びになっており、少し難解です。

貴志祐介の作品全般に言えますが、状況や物体の様子などを事細かに描写しているので、それを頭の中に思い描きながら読むとかなり時間が掛かります。あとは唐突に濡れ場があったり、最初から映像作品を見越して制作しているのかもしれませんね。

ストーリー


1000年後の日本。人類は「呪力」と呼ばれる超能力を身に着けていた。
注連縄に囲まれた自然豊かな集落「神栖66町」では、人々はバケネズミと呼ばれる生物を使役し、平和な生活を送っていた。その町に生まれた12歳の少女・渡辺早季は、同級生たちと町の外へ出かけ、先史文明が遺した図書館の自走型端末「ミノシロモドキ」と出会う。そこから彼女たちは、1000年前の文明が崩壊した理由と、現在に至るまでの歴史を知ってしまう。
禁断の知識を得て、早季たちを取り巻く仮初めの平和は少しずつ歪んでいく。

wikipedia

作品中では「呪力」と呼ばれる超能力を人類が利用するようになった世界です。その反面科学技術は殆ど発展しておらず、コンピュータはおろか電力の描写さえ殆どありません。(滅亡されたとされる旧人類は高度な文明を持っており、その文明が残した遺物がオーパーツとして登場します。その辺りはありがちな設定。)

「呪力」とは想像した現象を実際に起こすことが出来る、その気になれば大量殺人などいとも簡単に行える非常に強力な力です。力を持った人間がどういう行動を取り、その力をどう制御するかがこの物語のキーポイントになっています。呪力と同等の存在として旧文明が持っていた核兵器についても作品中に登場しており、現代における武力競争と疑心暗鬼の果てを表しているのかも知れません。

またもう1つのキーとして人間に奴隷のように扱われている「バケネズミ」の存在があります。比較的高い知能を持ち、体格も人間と同等ですが姿は醜く「呪力」を持たない為に圧倒的な力関係となっています。物語終盤で明かされる(といっても序盤からある程度想像は付くでしょうが。)この正体は様々な考えを巡らせることになります。

序盤は世界観が徐々に明らかになるにつれストーリーが加速し、ぐっと引き込まれますが、中盤と終盤は少し間延びした印象です。1000ページにもなる大作なので多少は仕方が無いかと思いますが…同じ場面で物語が進行して行くのと、ちょっと場面転換に無理があるような気がしました。(主人公たちが何故そのような行動を取るのか?ちょっと合理性に欠ける感じです。)

感想

本書のポイントはまず貴志祐介独特の世界観ですね。全てが謎に満ちた状態から、少しづつ真相が明らかになっていく様はとても魅力的です。ただ本当に長いので読書好きでも一気に読みきるのは難しいでしょうし、何度か読み返さないと設定や伏線の繋がりが理解できないと思います。もう少しコンパクトにまとめて、終盤までスピード感が維持できたら良かったのにと思います。また著者の特徴でも有りますが、1つ1つの場面を丁寧に描写するのも冗長的になってしまう原因でしょう。

色々伏線が散りばめられていても、結局回収されないままのものも多いです。伏線と言うより、世界観の補足のため描写されているのを深読みしているだけかもしれませんが。

冗長で少し固めの文章、強引な展開など気になる点を寛容出来ればとても面白い作品でした。しかしちょっとメインストーリーに関係ない描写が多く、そこを読み込んでいると疲れてしまいます…。

このような小説は冒頭の謎が終盤に立て続けに氷解していくのが醍醐味だと思いますが、それについては最初の情報の出し方などとても良く出来ているなと思いました。これが気に入ったならば著者のほかの作品「クリムゾンの迷宮」などもお勧めです。

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